京都地方裁判所 昭和57年(ワ)851号 判決 1989年7月12日
甲事件原告 京都信用保証協会
右代表者理事 植田穂積
右訴訟代理人弁護士 寺田武彦
乙事件原告 株式会社福徳銀行
右代表者代表取締役 松本光弘
右訴訟代理人弁護士 植松繁一
甲乙事件被告 株式会社東洋物産
右代表者代表取締役 山原こと
崔徳相
甲乙事件被告 中村京子
右両名訴訟代理人弁護士 中島晃
主文
一 被告株式会社東洋物産は、原告らそれぞれに対し、別紙物件目録三A記載の建物につきなされた昭和五五年五月二三日付の昭和五五年五月一七日区分所有の消滅を原因とする滅失登記・別紙目録四記載の建物につきなされた昭和五五年五月二三日付の昭和五五年五月一七日区分建物の合体を原因とする表示登記及び京都地方法務局下京出張所昭和五五年五月二七日受付第一〇四〇七号所有権保存登記の各抹消登記手続をせよ。
二 被告中村京子は、原告らそれぞれに対し、別紙物件目録三B記載の不動産につきなされた昭和五五年五月二三日付の昭和五五年五月一七日区分所有の消滅を原因とする滅失登記の抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一当事者の次める裁判
一 原告ら
(主たる請求)
主文同旨。
(原告株式会社福徳銀行の予備的請求)
1 被告会社は、別紙物件目録四記載の不動産につき別紙登記目録記載の抵当権設定登記の回復登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら(本案前・本案の答弁)
(本案前の答弁)
1 原告らの本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告ら(請求原因)
1 原告株式会社福徳銀行(以下「原告銀行」という。)は、昭和五三年一月三〇日、訴外渡辺揵次との間で、債務者を訴外有限会社ワタナベプリント(以下「ワタナベプリント」という。)、被担保債務を原告銀行とワタナベプリントの間の証書貸付、手形貸付、手形割引、当座貸越、債務保証、外国為替、その他一切の取引に関して生じた債務及び原告銀行が第三者との取引によって取得したワタナベプリントの振出、裏書、引受、参加引受または保証した手形に関する債務、極度額を二、五〇〇万円とする根抵当権を、当時同人所有の別紙物件目録一記載の建物(以下「第一建物」という。)に設定する契約を締結し、右契約に基づき、同年二月一日これを登記した。
2 原告信用保証協会(以下「原告協会」という。)は、昭和五四年六月一四日、ワタナベプリントとの間で、債務者をワタナベプリント、被担保債務を原告協会と同社との間の信用保証委託取引による一切の債権、極度額を三、〇〇〇万円とする根抵当権を、当時同社所有の第一建物に設定する契約を締結し、右契約に基づき、同日これを登記した。
3 被告株式会社東洋物産(以下「被告会社」という。)は、昭和五五年四月五日、第一建物について別紙物件目録二記載のとおり表示変更登記をなし、更に、同日、同建物は構造的に二つの建物に区分されたとして、別紙物件目録三A、Bに記載のとおり建物区分登記をなした(以下「A建物、B建物」という。)。
4 その後同月八日、B建物については、被告中村に所有権が移転した旨の登記がなされた。
5 しかし、被告会社及び被告中村は、同月二一日、両建物は再び合体したとして、AB両建物につきそれぞれ区分所有の消滅を原因とする区分建物滅失登記を申請し、その結果、同月二三日、A建物及びB建物の登記は閉鎖され、これにより、原告らの登記も無効となった。
6 更に、被告会社は、区分所有建物の合体を原因として、別紙物件目録四記載の建物(以下「第四建物」という。)の表示登記を申請したうえ、同月二七日、第四建物について被告会社を所有者とする所有権保存登記をなした。
7 本件において、AB両建物は、右5記載の当時、末だその独立性を失っておらず、したがって、両建物が合体したものとして区分建物の滅失登記や新しい表示登記、所有権保存登記がなされても、それらは実体のない無効の登記である。
すなわち、被告会社及び被告中村がAB両建物を合体するためにした工事の内容は、AB建物間の障壁の一部を取り壊したに過ぎない。しかも、被告会社は、第一建物について昭和五五年四月五日に二階の一部増築及び建物の種類変更を原因に表示変更登記をし、同日AB建物に区分したが、そのわずか一ヵ月余り後の同年五月一七日に再び合体しており、これにより新たに表示登記がなされた第四建物は、AB両建物と同一構造、同一面積であり、全体としての外観、利用条件、形態はまったく変わっていないのである。このような物理的構造及び利用、機能面からみると、AB両建物がそれぞれ独立性を失っていないことは明らかである。
仮に、AB両建物が合体したものであったとしても、両建物はもともと一個の建物であり、しかも、主たる建物と付属建物との関係にあったものが、合棟・増築されたうえで二つに区分されたものであり、本来物理的に依存従属関係にあったものであるとともに、その後の利用状況及び両建物の取引上の価値からしても依存従属関係があることは明らかである。このような場合には、一方の建物(従たる建物)が他方の建物(主たる建物)に附合し、その一部となって、同建物の床面積が増加したものに過ぎず、両建物について合体があったものとしてなされた滅失登記は違法・無効である。
また、右に述べた登記の手続、登記の時期及び被告中村は被告会社代表者の妻であることを見れば、被告らが右の手続をとった意図は、建物の合棟、合体についての登記実務を悪用して原告らの抵当権を不法に抹消することにあったのは明らかである。
8 よって、原告らは根抵当権の妨害排除として、被告会社及び被告中村に対しAB各建物の滅失登記の抹消登記を、被告会社に対し第四建物についての表示登記及び所有権保存登記の抹消登記を請求する。
9 (原告福徳銀行の予備的請求)
被告らの区分所有の消滅、合体の登記手続が適法であるならば、合体前の建物と合体後の建物は全く同一の建物であるから、原告の根抵当権は本件第四建物に移記されるべきである。
よって、原告銀行は根抵当権に基づき予備的に被告会社に対し第四建物について京都地方法務局下京出張所昭和五七年二月五日受付第一八二〇号根抵当権設定登記の回復登記手続を請求する。
二 被告(本案前の抗弁・請求原因に対する認否)
1 本案前の抗弁
建物の表示及び滅失登記は、建物の表示に関するものであって、建物の客観的形状に基づき決定されるから、右登記の申請者を相手どってその抹消を求めることは不動産登記法の本来予定しないところであり、仮に原告らの請求が認容されたとしても、客観的形状によってはその抹消登記が登記官に受理されるとは限らない。したがって、本件訴えは紛争の終局的解決には役立たないから訴えの利益がない。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原告1の事実はすべて認める。
(二) 同2の事実のうち、原告主張のとおりの根抵当権設定登記がなされていることは認め、その余の事実は不知。
(三) 同3ないし6の事実はすべて認める。
(四) 同7ないし9はすべて争う。
第三証拠《省略》
理由
一 被告は、原告らの請求のうち、建物の表示登記、滅失登記の抹消登記の請求が建物の表示に関するものであることを理由として、原告らには訴えの利益がないと主張する。そこで検討するに、確かに、建物の表示及び滅失登記は、建物の客観的事情に従い登記官の職種で行なわれるものであり(不動産登記法二五条の二)、当事者の合意によって行なわれることはない以上、通常、登記権利者、登記義務者の概念を入れる余地がない。しかし、実体の伴わない表示登記あるいは滅失登記が抵当権者の抵当権ないしその対抗力を害することを目的として不法に行なわれ、かつ、これが抵当権の妨害となっている場合には、抵当権者は、その抵当権の妨害排除請求権に基づき、その登記名義人に対し、右登記の抹消請求を求めることができると考える。けだし、右の不法な表示登記ないし滅失登記により、一旦登記されていた抵当権登記の対抗力が失われるものではないからである。登記は物権変動の対抗力の発生要件であって、この対抗力は、適法な消滅事由の発生しない限り消滅するものではなく、一旦適法になされた抵当権設定登記の抵当権者は、その抵当権に基づき、不法になされた妨害となる滅失登記、表示登記、保存登記の抹消を請求することができるといわなければならない(最判昭四三・一二・四民集二二巻一三号二八五五頁参照)。本件において、原告らの根抵当権設定登記は被告らの申請により行なわれたAB両建物の滅失登記により消滅しているところ、原告らは、被告らの右の各登記は原告らの根抵当権設定登記の消滅を目的として不法に行なわれたものと主張して、被告らを相手方として右の滅失登記の抹消の本訴請求をしているのであるから、本件訴えには訴えの利益が認められる。
また、被告会社がした第四建物の表示登記及び所有権保存の登記は、AB両建物の滅失登記とは別個の登記手続で行なわれたものであるが、右の滅失登記の抹消による第一建物の回復登記と相容れないもので、これを放置するならば、一不動産一登記用紙の原則(不動産登記法一五条)に照らし、滅失登記の抹消登記は受理されないものであって、この点からみても、右表示登記及び保存登記自体も原告らの抵当権ないしその対抗力を妨害するものというべきであるから、右表示登記及び保存登記の抹消を求める本訴請求にも訴えの利益が存在するというべきである。
二 請求原因について
1 請求原因1の事実はいずれも当事者間に争いがない。
2 請求原因2の事実のうち、第一建物について、根抵当権者を原告協会、債務者をワタナベプリント、被担保債権を原告協会とワタナベプリントとの間の信用保証委託取引による一切の債権、極度額を三、〇〇〇万円とする根抵当権設定登記が昭和五四年六月一四日になされたことについては当事者間に争いがない。
《証拠省略》によれば、昭和五四年六月一四日、原告協会とワタナベプリントとの間で右2記載の登記に合致する内容の根抵当権設定契約が締結されたことが、認められる。
3 請求原因3ないし6の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
4《証拠省略》を総合すれば以下の事実が認められる。
(一) 被告会社は、昭和五四年六月三〇日ころワタナベプリントから第一建物を自己のワタナベプリントに対する貸金一、五〇〇万円の担保として所有権移転登記を受けたが、同年九、一〇月ころワタナベプリントに清算金一〇〇万円程度を支払って完全な所有権を取得するに至った。この当時、第一建物の一階は別紙見取り図(昭和六二年九月二八日付検証調書添付の図面)C点D点の間が空いており、ここから工場部分と住居部分の行き来が可能であった。
(二) 第一建物の工場部分は染色工場の設備を有しており、被告会社がこれを取得した当時は、工場、住居部分とも使用されておらず、後にAB全体を染色工場として月六〇万円で第三者に賃貸することとなったが、この間に、区分あるいは合体の登記を必要とするような特段の事情は認められなかった。
(三) 被告会社が第一建物の所有権を取得した当時、既にこの建物には原告らの根抵当権が設定されており、被告会社の代表者訴外崔徳相(以下「崔」という。)もこれを知っていたが、ワタナベプリントと被告会社との間にはいずれがこの根抵当権を抹消するかについての話し合いはなかった。
(四) 当時の登記実務においては、区分建物が合体された場合には、従来の区分建物の登記について合体を原因とする滅失登記をなし、新たに合体後の建物について表示登記及び所有権保存登記がなされる扱いになっており、その際、建物の滅失登記により既存の表示登記が閉鎖されてしまうので抵当権者に対する通知やその承諾なく既存の区分建物上の抵当権設定登記は消滅してしまう扱いとなっていた。
(五) 右崔は、翌五五年三月末ころ、第一建物の住居部分を工場部分から区分してこれを同人の妻である被告中村京子に移転することを柴垣郁雄に依頼し、この時、柴垣から前記のC点D点間を閉鎖しなければ区分建物とはならない旨指摘されたため、この部分に木の桟を釘打ちして工場入口側には波型トタンを張り、住居側はベニヤ板張りとして塞いだ上、同年四月五日、第一建物をAB両建物に区分し、B建物を被告中村に所有権移転をする旨の登記をした。
(六) しかし、翌五月初めころには、崔は、右のC点D点間の隔壁を再び取り外し、更にA建物の一階部分の別紙図面A点B点間、二階部分のH点G点間及びI点J点間の壁を取り除き、B建物内に設けられていた階級を撤去した上、「登記簿をきれいにして欲しい。」といって、AB両建物の合体の登記手続を再び柴垣に依頼し、その際、同人から、この手続きにより原告らの根抵当権が消滅することを指摘されたが、同人に原告らの承諾は得られるからと返答して右の手続きを行なわせた。
(七) 被告会社及び被告中村が、区分、合体の一連の登記手続に要した費用は、登記費用として三〇万円、司法書士(土地家屋調査士)の報酬として四〇万円ほどを要するものであった。
5 右認定の各事実を考え併せると、被告らは、原告らの根抵当権設定登記を違法に抹消することを目的として、抵当権者の承諾なしに合体による滅失登記によって抵当権設定登記が消滅してしまう当時の登記実務を利用して、第一建物の区分及びAB両建物の合体を行なったものであると推認することができる。
これに対し、《証拠省略》中には、第一建物を区分した理由は、被告中村が住居部分を利用して事業を始める計画があり、そのために同人名義にする必要があったからであるし、後にAB両建物を合体したのは、AB両建物全体を賃借してくれる者が見付かったから被告中村の事業の計画を取りやめたものであるとの供述部分があるが、これは《証拠省略》に照らし、措信することができず、他に右の認定を覆すに足りる証拠がない。
6 そして、前掲4の各事実、前示一に説示した登記実務の取扱、弁論の全趣旨を考え併せると、前認定4(五)のとおり前示崔が第一建物一階の住居部分と工場部分に簡易な隔壁を設けたからといって、一般社会通念に照らし、未だその独立性を失ったものとはいえず、これが独立のAB両建物に区分されたものとするのは、相当でないし、したがって、また、その後右隔壁を取り除いて独立したAB両建物を合体したとすることも、ことの実体にそぐわないものであって、本件滅失登記、表示登記及び保存登記は不法になされたものというほかなく、これらの各登記が原告らの各根抵当権ないしその対抗力の妨害になっていると認められ、前示措信しない証拠のほか、他にこれを動かすに足る証拠がない。
三 結論
よって、原告らの、被告らに対する本訴請求(原告らは建物区分登記の抹消を求めていない)はいずれもその理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 堀内照美)
<以下省略>